FOOTBALL VISION ホーム ▸ 2015年5月04日 瀬戸貴幸の価値

瀬戸貴幸の価値

 2014年10月2日、ルーマニアのジュルジュにあるスタディオヌル・マリン・アナスタソヴィチ。UEFAヨーロッパリーグ、グループステージ第2戦、ホームのFCアストラ・ジュルジュ(以下アストラ)はオーストリアの名門クラブ、レッドブル・ザルツブルクと対戦していた。前半15分。アストラの背番号8番の選手が…

ペナルティーエリアの外から鮮やかなミドルシュートをザルツブルクのゴールネットに突き刺した。熱狂の渦に包まれるスタジアム、チームメイトたちから祝福を受ける輪の中心にいた背番号8番は、アストラで8シーズン目をプレーしていた瀬戸貴幸だ。
 ゴールを決めた後、背中のSETOという文字を指差した。その場面を「自然と身体が動いた」と本人は語っていたが、SETOという名前を世界に知らしめたシーンの1つだったであろう。ひとしきりチームメイトたちと喜んだあと、「よし。これで流れに乗れる。この試合いける。」と、瀬戸はたしかな手応えを感じた。

 彼の叩き上げのキャリアはこれまでも様々な媒体で紹介されてきていて、知っているサッカーファンの方々も多いと思うため、ここでは彼が現在世界のサッカーマーケットの中でどれだけの価値がある選手かということを、欧州や中央アジアなどでプレーしてきた筆者の目線から綴ってみたいと思う。

 かねてから交流のあった彼に直接話も聞いた。

「日本の方々からこれまでの苦労人としてイメージされることが多いのですが、世界には僕よりも苦労してきた選手たちもいるでしょうし、僕自身は苦労だとあまり感じていません。苦労してきたからすごいというわけではなく、純粋にプレイヤーとして評価されるかどうかだと思っています。」と本人は語っている。

 ルーマニアリーグは日本の方々には馴染みが薄いかもしれないが、UEFAリーグランキングなどでは常時10位前後に位置するほどのリーグである。2015年4月9日発表のFIFAランキングでもルーマニアは12位であり、13位がイタリア、14位がイングランドということでもそのレベルの高さはわかるだろう。瀬戸の所属しているアストラにも数多くのルーマニア代表選手が在籍しており、スタメンの多くはルーマニア含め各国代表選手である。

 そのような中で瀬戸は主力選手として8シーズンにも渡り活躍しており、出場した公式戦は実に280試合に及び、32得点を挙げている。(※2015年5月4日現在)その内、ルーマニアリーガ1(1部リーグ)での現在までの6シーズンの通算出場試合数の186試合(※2015年5月4日現在)は、同リーグの外国人選手歴代2位でもある。

 アストラは瀬戸が入団したときはリーガ3(3部リーグ)を戦うクラブであった。しかし、瀬戸が入団後、最初のシーズンでリーガ2(2部リーグ)へ昇格し、その翌年のシーズンでは現在のリーガ1へ、2年連続で昇格を果たした。リーガ1昇格当初は残留争いをしていたものの、徐々に力をつけ、2012-2013シーズンでは4位となり、UEFAヨーロッパリーグの出場権を獲得。2013-2014シーズンではクラブ史上初のUEFAカップ戦へ出場した。さらに、2013-2014シーズンは国内リーグ戦で優勝争いを演じ、惜しくも2位でリーグを終えるも、国内カップ戦であるクパ・ロムニエイで決勝でFCステアウア・ブカレストに勝利し、初優勝を果たすとともに国内主要タイトルを初めて獲得した。そして、2014-2015シーズン、再びUEFAヨーロッパリーグへ出場し、プレーオフではフランスの名門オリンピック・リヨンを退けてグループリーグへ進出。ザルツブルク(オーストリア)、セルティック(スコットランド)、ディナモ・ザグレブ(クロアチア)と対戦した。

 アストラは順調にかつ驚異的なスピードで進化してきたが、特筆すべきは、その中でも瀬戸は常に主力選手であり続けているということである。

 昇格した際に多くのクラブは戦力を補強をする。3部から2部に昇格し、さらに1部昇格を目指すなら尚更である。3部でレギュラーとして優勝に貢献した瀬戸は、翌年、2部リーグでチーム内外でより熾烈な戦いをしたにも関わらず、主力選手として活躍し、1部昇格に貢献しただけでなく、リーグのシーズンベストイレブンに選出された。
 さらにその翌年からは、1部リーグを戦う中で毎年アストラは戦力補強をし、当然瀬戸と同じポジションである選手がやってくることもあった。
 しかし、そんな中でも瀬戸は熾烈なポジション争いに競り勝ち、常に試合に出場してきた。
 例えば2011-2012シーズンは瀬戸と同じ守備的MFに、セネガル代表で27試合に出場していたMFンドイェが在籍し、現在でも現役キプロス代表のMFヴィンセント・ラバンは瀬戸の控えとしてベンチに座っている。さらに、アストラのオーナーは気が短いことでも知られており、アストラは頻繁に監督が解任される。瀬戸在籍の8年間で実に21人もの人物がアストラの監督を務めている。監督や選手たちが多数入れ替わる中でも試合に出場し続けることが決して容易ではないということは、想像に難くないだろう。

 昨年、筆者はあるポーランド代表選手と共に数日間トレーニングをした。その選手は前シーズンまで、ルーマニアのリーガ1のクラブでプレーしていて、彼の口からも瀬戸という名前が出て来た。「瀬戸は偉大な選手だよ。」と彼は言った。

 ルーマニアリーグからは毎シーズン欧州の様々なリーグのクラブへと選手たちが移籍している。
 MFゲオルゲ・ハジはルーマニアリーグのクラブからレアル・マドリードへ移籍し、FCバルセロナで活躍したMFゲオルゲ・ポペスクやチェルシーで活躍したDFダン・ペトレスク、ローマで活躍しているGKボグダン・ロボンツ、さらには主にパルマやフィオレンティーナで活躍したFWアドリアン・ムトゥなど、ルーマニアリーグから数えればキリがないほど多くの優秀な選手をその他の欧州ビッグクラブへ送り出している。

 近年では、GKコステル・パンティモリンは2011-2012シーズンにマンチェスター・シティに移籍し(現在はサンダーランド所属)、DFヴラド・キリケシュは2013-2014シーズンにトッテナム・ホットスパーFCへ、現在フランスのリーグ・アン(1部リーグ)のエヴィアンで活躍するMFジャカリジャ・コネも2012-2013シーズンにルーマニアのディナモ・ブカレストから移籍した選手である。

 瀬戸の在籍するアストラからも、2013-2014シーズンにアストラに在籍してリーグ戦21試合に出場したフランス人MFカリム・ヨーダはアストラからスペインのリーガエスパニョーラのヘタフェへ移籍し、バルセロナやレアル・マドリードとの試合でも出場している。2014年12月13日の対バルセロナ戦では先発出場してヘタフェはバルセロナ相手に0-0で引き分けており、2014-2015シーズン、ヨーダはリーガエスパニョーラのリーグ戦18試合に出場し、4ゴールを決めている。(※5月4日現在)

 昨年夏、イタリアのセリエAのキエーボは瀬戸の獲得を目指した。

 キエーボからアストラにローン移籍(期限付き移籍)で在籍していたルーマニア代表のDFの選手を今シーズンもアストラに在籍させ、トレードする形で瀬戸を獲得しようとした。最終的にその選手がイタリアという土地を好んでおり、イタリアに戻りたいということで実現はしなかったが、そのような話があったことは事実である。

 このような中で瀬戸は8年に渡り主力選手として活躍し続け、欧州での実績を積み、結果を残すことで価値を高めてきた。そして、それは瀬戸自身のサッカー選手として成長にも大きく関わっている。

 2012-2013シーズンは守備的MFながらリーグ戦で7ゴールを決めた。直近だと4月30日のリーグ戦で、83分に今季5ゴール目となる1−1となる同点ゴールを決めているが、瀬戸は大事な局面の要所要所でゴールを決めてきている。

「ゴールを決めることは毎試合意識しています。試合を重ねるごとに色々と経験してプレーにも安定性が増しましたし、試合の入り方、運び方、色々と学んでくることができました。」

と、瀬戸自身も語るように、助っ人外国人選手として目に見える結果を残してチームへ貢献することが非常に大事になってくるということを彼は理解し、意識して取り組んできた。試合の勝負どころで結果を残し続けてきていることは決して偶然ではない。

 しかもルーマニアの環境は選手たちから聞いていると、例えばドイツなどと比べると決して良いとは言えないだろう。筆者もこれまでプレーしてきた国々などで経験があるが、時間、オーガナイズ、ピッチ、移動、食事…などなど、日本と比べてしまうとおそらく日本人の多くはストレスを抱えてしまうことだろう。そのような状況で活躍するには適応能力が問われてくる。そうした中で結果を出し続けていることには大きな価値があるとともに、タフさが身に付いていると言える。

 瀬戸の元には数年前から毎年のように中東諸国のクラブから年棒数億円の正式オファーが届いている。およそ1億5000万円を提示してきたある中東クラブのオーナーは、「もっと必要か?ならば倍の3億出すぞ。」と言った。それに加えてアストラに数億円の移籍金も払う。瀬戸は欧州でまだチャレンジしたいことがあったために、アストラに残ることを選択しているが、それだけの価値が瀬戸にはあると中東諸国のクラブは認識しているということである。

 中東諸国のクラブというと、日本にいる方々はあまりいいイメージをもたないかもしれないが、リーグのレベルも年々上がっており、中東諸国のクラブから助っ人外国人選手としてオファーを受けることは簡単ではない。過去にはファビオ・カンナバーロやバティストゥータ、イエロ、ラウールなどの選手たちが中東諸国のリーグでプレーしたが、中東諸国からオファーを受けるということは世界的に価値が認められたということでもあり、欧州では非常に名誉なことでもある。
「チームメイトたちからはなんでそんないいオファー受けないんだと笑われました。」と瀬戸も語っている。
現在ではW杯3大会に出場し、アフリカ選手としてW杯歴代最多ゴールを決めているガーナ代表FWアサモア・ギャン(29歳)をはじめ、実績のある現役代表選手たちも数多くプレーしており、いまやもはや旬が過ぎた選手が行くというようなリーグではない。
 実際に筆者も2012年のACL(AFCアジアチャンピオンズリーグ)でサウジアラビア、カタール、UAEのクラブと同グループで、対戦したが、どこも非常に力のあるクラブだった。

 今シーズンの目標はアストラがまたヨーロッパカップ戦の出場権を獲ることだと語っていた瀬戸。そしてその先にはCL出場、日本代表を目指していると。

 欧州での瀬戸貴幸の価値を考えたら、彼が日本代表に選ばれてもなんら不思議なことではない。

 アンダー世代も含めて一度も代表経験のない選手が、フル代表に選ばれてもおかしくない価値のところまできているというのは、瀬戸貴幸が初めてかもしれない。

 今後もし瀬戸が日本代表に選ばれることがあれば、彼自身のプレイヤーとしての価値含め、様々なことに対して価値があるということになるのではないだろうか。

 8年前、アストラが3部リーグの頃から在籍している選手はもう瀬戸貴幸ただ1人しかいない。幾多の壁を乗り越えて競争に打ち勝ち、自らを高めてきた男は更なる飛躍を胸に今日も異国の地で戦っている。

2015年5月04日
編集長 柴村直弥

編集者

『FOOTBALL VISON』の記事を執筆している編集者を紹介します。